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『惑星』の作曲者ホルストの生家を訪れる。イギリスのチェルトナムへ

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ロンドンから電車で2時間半ほどのところにある、イギリスのチェルトナムという町。
 
ここで『惑星』を作曲したことで有名なグスタフ・ホルストは生まれました。
 
 
彼が生まれた家は今では博物館となっていて、彼の思い出の品がたくさん展示されています。
 
ここを訪れてきたので、そのときのお話を。

 
 
 
 
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こちらがホルスト博物館。
 
 
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ホルストは1874年9月21日にここで生まれました。
 
 
ホルストの曽祖父はロシアの宮廷音楽家で、ロンドンでは音楽教師をしており、祖父はピアノとハープの先生、父は教会のオルガニスト、母はピアニストでシンガーという、古くから続く音楽家一家に生またのです。
 
母はホルストが8歳のときに病死してしまい、叔母が面倒を見ていました。
 
 
 
ホルストは小さいころからピアノやヴァイオリンのレッスンを受けていて、父は彼がピアニストになることを望んでいたのですが、持病の神経炎によってピアニストへの道は絶たれてしまいました。
 
しかし、小さな村の教会でオルガニストと合唱の指揮をする間に書いた曲が評判になり、父の援助でロンドン王立音楽大学へ入学することに。
 
 
では、そんなホルストが暮らしていた家の中を見てみましょう。
 
 
 
受付では日本語の案内シートをもらうことができるので、とてもわかりやすく見学できます!
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見学の始めにまず見ることになるのがこのピアノ。
 
これはホルストがあの名曲、『惑星』の大半を作曲するのに使ったピアノです。
 
 
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ここは音楽室で、壁にはホルストの1927年の肖像画が掛けられています。
 
 
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こちらの棚には、父親のガラス製品、ホルストに送られたメダル、妻の写真など思い出の品たちが飾られています。
 
そして2段目には尊敬していたモーツァルトの肖像画があり、ホルストは作曲するときいつもピアノの上に置いていたそうです。
 
 
 
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ホルストや家族たちが使っていたレコードを聴く機械がいくつか置いてありました。
 
今は携帯やi-Podなんかで簡単に音楽が聞けてしまうけど、昔はこんなに大きな機械で聴いてたんだよなあ。
 
 
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そしてこれが1925年『惑星』の最初のレコード。
 
 
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壁には2014年に『惑星』作曲100周年を祝って描かれた作品が掛けられています。
 
 
 
ところで、先ほどから部屋の壁紙がちょっと変わった模様をしているなと思いませんでしたか?
 
この壁紙は「アーツ・アンド・クラフツ」スタイルというそうです。
 
ホルストはアーツ・アンド・クラフツ運動(生活と芸術を統一することを主張した運動)を起こしたウィリアム・モリスの友人だったので、音楽室全体の壁紙がこれで統一されているのだそうです。
 
 
さて次は応接室。
 
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ここはお客様を通す部屋で、当時の部屋を想像して作られました。
 
応接室には、高価な家具や絵画を置くのが普通ですが、ホルスト一家には高価なものを持つことができなかったのだそうです。
 
 
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ここが主寝室。
おそらくこの部屋でホルストと弟エミールが生まれたと考えられています。
 
 
この時代の寝室は薄暗く、装飾品や絵画が所狭しと飾られていて花柄の壁紙が人気でした。
厚 
手のウール素材のカーテンと、何重にも重ねた毛布で隙間風をしのいでたのだそうです。
 
そしてこの家には浴室がなかったため、洗面台、移動式浴槽、寝室用便器などが使われていました。
 
 
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こちらが子供部屋。
 
この時代は「子供は大人の世界からできるだけ遠くに置く」という考えがあって、子供部屋は最上階に置かれました。
 
1870年代の家庭では珍しく、乳母を雇わず母親クララが二人の世話をしていたのだそうです。
 
 
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刺繍は子供たちが作ったものです。
まさか子供が作ったとは思えない刺繍の出来でした。
 
 
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この狭い屋根裏部屋は何のための部屋かというと、メイドの部屋です。
 
ホルスト家にはジュリアというメイドがいて、立ったら頭をぶってしまうくらいの、こんなに狭い部屋で寝ていたのだそうです。
 
 
 
そして、地下室へと移動します。
 
この地下室は1900年ごろのヴィクトリア時代に、使用人が作業をするために使っていた中流階級の家庭を再現してあります。
 
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この部屋で母クララは生活費のやりくりをし、メイドのジュリアに指示を与えていました。
 
ジュリアは朝6時に起きて、夜11時まで働き続け、休みは月に1日だけでした。
 
 
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貯蔵庫です。
涼しい地下室の一角を冷蔵庫のように使っていたのですね。
 
 
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こちらがキッチン。
 
 
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流し場。
 
この時代じゃ当たり前のことだけど、手で洗濯していたんですよね。
水を絞る道具も置いてあります。
 
この時代のことがよくわかるようになっている地下室でした。
 
 
 
この博物館を見学していると、ホルストはこんな環境で育って、名曲を生み出したんだなあ~としみじみと思ってしまいます。
 
受付では、何か質問があったら遠慮なくどうぞと言ってくれて、博物館の人はとても親切でした。、
 
 
ホルストに興味がある方は是非、チェルトナムのホルスト博物館を訪れてみてください(* ´ ▽ ` *)
 
 

 
 

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この記事を書いた人

マソン優貴葉のアバター マソン優貴葉 クラリネット奏者

名古屋音楽大学を卒業後、フランスのムードン音楽院、ヴェルサイユ音楽院の最高課程を修了。
4年間のフランス留学を終え2019年に帰国し、現在は愛知県名古屋市を中心に演奏活動や、個人レッスン、音楽教室でのレッスンなど幅広く行っている。

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