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『パリのモンマルトルで、サティとベルリオーズが住んだ家はここだ!』

パリのモンマルトルにあるサティの家とベルリオーズの家に行ってみることに。
 
メトロ12番線のLamarck-Caulaincourt駅で降りて、歩いて10分ほど。
芸術家たちが集まったモンマルトル地区です。
 
 
○ベルリオーズの家の場所

 
○サティの家の場所

 
 
 
 

ベルリオーズの家

まずはベルリオーズが住んだ家へ。
 
 
IMG_2319.jpg
 
 
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ベルリオーズはここに1834~1836年の間住みました。
 
 
彼は1833年、劇団の女優ハリエット・スミッソンと結婚します。
 
そして翌年ここに新居を構え、自作の演奏会を開催したり、雑誌や新聞の評論をしたりしました。
 
 
1384年にはパガニーニからの依頼で『イタリアのハロルド』を作曲すると、その初演が成功し、その年には長男が誕生するという嬉しいこと続き!
 
さらには、オペラ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』の作曲に取りかかるのと同時に、フランス政府から委嘱された『レクイエム』も書き、仕事もプライベートも充実した2年間でした。
 
 
IMG_2323.jpg
おうちの隣にある階段を上ると、遠くまで見渡せる景色がきれい!
 
ここは写真スポットのようで、たくさんの観光客が集まっていました。
 
 
 

サティの家

そしてこのまま進み、すぐ右に曲がるとサティのお家が現れます。
 
IMG_2330.jpg
 
 
IMG_2325.jpg
1890~1898年の8年間住んだお家です。
サティはここに住んでいる間、キャバレー黒猫でピアノを弾いていました。
 
 
薔薇十字教団創始者であるジョセファン・ペラダンと出会うと、サティは薔薇十字会の聖歌隊長となりました。
 
そして、2万人以上が来場したと言われる第1回薔薇十字展に付随して行われた「薔薇十字の夕べ」では、サティの音楽が演奏されたのです。
 
 
 
このころの恋愛の話では、1893年にはシュザンヌ・ヴァラドンと交際を始め、サティは彼女に300通を超える手紙を書いたそうです。
 
しかし!
 
それにも関わらず6ヵ月後には絶交してしまうのでした。
そんないろんなことがあったお家なんですね。
 
 
サティがこの後に住んだアルクイユの家も訪れてきたので、良かったらご覧ください(o^―^o)↓↓

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まとめ

この辺りは丘なので、坂がいっぱい!
 
景色は面白いけれど、ちょっと歩くだけで疲れてしまいました。
 
 
ベルリオーズもサティもこんなところに住んで、毎日坂を上り下りしていたのかなあなんて思いながら、、
 
 

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